頭の悪い脳科学
テレビ視聴習慣のある人は、方言をよく使用する。
この仮説が社会調査を実施すれば有意性を持って支持されることは、関係者の間で広く知られている。また、この仮説が、正気な論文において、著されることは、ない。
なぜか。
まともな論文では、相関と因果を区別するからである。
若者は、高齢者に比べれば、方言でしゃべることはどうしても少ないし、また、今時、若者はテレビなんか見ない。高齢者は、これに対して逆に、方言をよく使うし、テレビに接する時間は若者よりも長い。
だからといって、テレビをより長く見ていることが原因となって、その結果として、方言をより使用することになる、という学説を本気になって唱える人が、どこにいるだろうか。
それゆえ、残念なことに、筆者が上に書いたことを証拠付けるために参照すべき文献を紹介することもできない。
ところが、一見、頭のよさそうな脳科学の世界では、頭の悪いことが起きているようだ。
小児のテレビ視聴習慣は、認知機能発達に悪い影響をもたらす、という学説を唱えたら、それが"権威"(直後に引用するプレスリリースから)あるイギリスの英国神経科学雑誌に掲載された、とわざわざプレスリリースを打つ日本の大学があった。
プレスリリース
長時間テレビ視聴が小児の高次認知脳領域の発達性変化や言語性知能に悪影響を与えることを発見 〜発達期の小児の長時間のTV視聴には一層のケアを喚起〜
2013年11月21日 13:00
東北大学加齢医学研究所・認知機能発達(公文教育研究会)寄附研究部門(川島隆太教授*1)は、MRI等の脳機能イメージング装置を用いて、健常小児の脳形態、脳血流、脳機能の発達を明らかにすると共に、どのような生活習慣が脳発達や認知力の発達に影響を与えるかを解明しています。
この度、同部門の竹内光准教授・川島隆太教授らの研究グループは、小児の縦断追跡データを用いて、TV視聴習慣が数年後の言語機能や脳形態の変化とどう関連しているかを解析し、長時間のTV視聴が、脳の前頭極を始めとした高次認知機能領域の発達性変化や言語性知能に悪影響を与えていることを明らかにしました。今回の知見により発達期の小児の長時間のTV視聴には一層の注意が必要であることが示唆されます。
脳画像解析、大規模なデータ、数年の期間をおいた縦断解析といった手法を用いてTV視聴の小児における言語機能などへの悪影響の神経メカニズムを新たに明らかにした点などから、従来にない画期的な研究成果として、英国神経科学雑誌Cerebral Cortexに採択されました。
この研究が救いようがないことには、初めからその研究目的を「健常小児において、TV 視聴の生活習慣が脳形態や言語機能に与える影響を解明する」に置いていることを自ら明かしていることにある。
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press_20131118_02web.pdf
1. 研究の背景
(第一段落は、省略(下で改めて取り上げる。))
一方、これまでの研究において脳のMRI を用いて、健常の小児が発達の中期以降に神経回路の刈込みと呼ばれる現象が背景にあると考えられる灰白質量の減少を示すこと、脳の前頭極とよばれる領域をはじめとした高次認知関連領域形態が知能と関連すること、極めて高い知能が発達におけるそれらの領域、とくに発達における灰白量の減少をよく示す前頭極領域のより急峻な灰白質の減少などと関連することを示してきました。
しかし、これらの高次認知機能と関連する領域の発達に、生活習慣がどのような影響を与えるのかは明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、健常小児において、TV 視聴の生活習慣が脳形態や言語機能に与える影響を解明することを目的としました。
難しい専門用語を延々と弄しているが、最終段落を見るだけでわかることがある。単に、結論ありきの論文作成をしたいだけである。
「テレビ視聴習慣のある人は、方言をよく使用する」という相関関係が現れたところで、それを因果関係として断じる人間は相当おめでたいヤツだが、これが「テレビ視聴習慣は、子どもによくない」となると、大手マスコミとされる新聞が喜んで報道するのも、正気の沙汰とは思えない*2
上で省略した第一段落を、ここに引用する。
1. 研究の背景
乳幼児や小児におけるテレビ視聴が、認知機能、とくに言語機能、行動、学業成績といった指標を長期的に低下させることが数多くの横断心理学研究や縦断心理学研究により明らかにされてきました。
頭が悪いのは脳科学の世界だけではないようで、一部の心理学研究にその「頭の悪さ」の源流があることが、ここから見て取れる。
2. 研究成果の概要
研究参加者は、一般より募集した、悪性腫瘍や意識喪失を伴う外傷経験の既往歴のない健康な小児としました。
これらの研究参加者は最初にTV 視聴を含む生活習慣などについて質問に答え、知能検査をうけ、MRI撮像を受けました。この時点では研究参加者の年齢は5歳から18歳(平均約11歳)に及びました。これらの研究参加者の一部が、3年後に再び研究に参加し、再び知能検査とMRI撮像を受けました。
まず276名の初回参加時のデータを解析し、TV視聴時間と言語性知能、動作性知能、総知能、脳の局所の灰白質量、白質量の関連を解析しました。次に216名の方の初回参加時と2回目参加時のデータを解析し、初回参加時におけるTV視聴時間が、どのように各参加者の初回から2回目参加時の言語性知能、動作性知能、総知能、脳の局所の灰白質量、白質量の変化を予測していたかを解析しました。これらの解析においては、性別、年齢、親の教育歴、収入と
いった種々の交絡因子を補正しました。これらの解析の結果、初回参加時における長時間のTV視聴時間は、初回参加時から数年後の2回目参加時への言語性知能低下を予測していました(図1)。同様に初回参加時における長時間のTV視聴時間は、初回参加時から数年後の2回目参加時への前頭極領域、運動感覚領域、視床下部周辺領域の発達性変化への負の影響(灰白質体積の減少が少ないこと)と関連していました(図2)。
また、言語性知能は、上述の同定された前頭極領域において、局所の灰白質量と負に相関していました。
上で筆者が着目したいのは、「TV視聴時間と言語性知能、動作性知能、総知能、脳の局所の灰白質量、白質量の関連を解析」において「性別、年齢、親の教育歴、収入といった種々の交絡因子を補正」した、としていることにある。
そして、繰り返すが、この研究の目的は
健常小児において、TV 視聴の生活習慣が脳形態や言語機能に与える影響を解明すること
である。
そして、仮説に対する姿勢が、結論ありき、にすぎるきらいがある。
筆者は Cerebral Cortexを購読していないので、この論文のabstract*3を見ることができても、本文を読むことは、あいにく、できない。
それでも、データ解析において行われた交絡因子補正に関して、挙げられているのは、被験者小児の性別・年齢や、その親の教育歴・収入であり、被験者小児に関する学習や読書の習慣、また、親や友人との会話時間といった因子についてまったく触れられていないことは、明らかにおかしい。
致命的な因子について、大学プレスリリースや論文abstractは、それを捨象している。ここから、筆者が感じることは、この研究に関わっている研究者の狡猾さと、大学や雑誌の痴性である。
おめでたいのは、このような内容の研究が行われている認知機能発達寄附研究部門に対して、うっかり出資してしまった公文教育研究会である。
ここで経済的な損失を受けるのは、公文教育研究会という私企業による寄付金である。*4。国立大学法人への運営費交付金や科学研究費といった、私たちの税金の話ではない。
それでも、私たちの税金が、相関と因果を混同した施策に投じられている例は、枚挙に暇がないだろう。根拠ある政策決定、Evidence based policy makingが裸足で逃げ出すような事態は、日本政府の中で起きている。
食育、という政策について全面否定する気はないが、こういう説を弄する輩(やから)に対して、批判(糾弾ではなく吟味の意)を行う必要がある。
毎日朝食を食べる子どもほど、学力調査の平均正答率が高い傾向にあることが、調査した小6と中3のすべての教科において明らかになっており、さらに、平成21年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、毎日朝食を摂る子どもほど、体力合計点が高い傾向にある。
http://www8.cao.go.jp/syokuiku/data/whitepaper/2010/book/html/sh02_01_01.html(内閣府 2010年)
家庭に、生活規律があるか、そうではないか、という因子が影にあることは、明白なこと。
子どもに対する朝食習慣を親に意識付ける、という「形」から家庭に対して働きかけようというアプローチを否定しないが、朝食習慣は生活規律の「形」の一つに過ぎない。本当に大事なことは何かをいい加減にしては、農林水産省と族議員、関連団体を無益な予算で喜ばせるだけに終わってしまう。
*1:NINTENDO DSの脳トレで名を馳せた、あの教授である。
*2:長時間のテレビ視聴、子どもの脳に悪影響 東北大調査朝日新聞DIGITAL 2013年12月4日11時31分。
*3:Impact of Television Viewing on Brain Structures: Cross-Sectional and Longitudinal Analyses | Cerebral Cortex | Oxford Academic
*4:なお、誤りのある「研究成果」が影響力を持つことによって、経済にとって無駄な投資、消費が行われることがあってはいけない。そのために、おかしな論理にだまされないように気を付ける必要があるのは、いうまでもない。