「ヤバい経済学」の相撲パート

 Freakonomics ヤバい経済学 の映画化。 http://yaba-kei.jp/ その相撲パートを見た。

 相撲八百長の本質は、不健全な形でインセンティブが発現してしまう仕組みにこそある。世間の期待とは違う形の、ゲームの規則

 書籍「ヤバい経済学」で語られたエピソードの数々が、今度は、映像で、ニュース・ドキュメンタリーの形式で語られていく。

 相撲パートは、pure corruption というタイトルが付けられている。

 太平洋の向こうの国、ジャパンのスモー・レスリングのエピソードに対する語り口は、遠慮会釈ない、曙が、小錦が、カメラの前に登場して語り出す。週刊誌掲載記事で訴えられたジャーナリスト 武田頼政 が、登場する。関係者の奇妙な病死、時津風部屋力士暴行死事件も引用される。

 相撲パートは、神道に対して敬意を払っている。相撲という神事。だからこその、世間からの純粋な期待と、閉鎖社会における腐敗。

 最後には、原作本のエピソードを超えて、その切り込む刃を日本だけでなく自国にも向ける。リーマンショックの金融政策やジャーナリズムにも言及する。

 「ヤバい経済学」上映前イベント阿佐ヶ谷ロフトA に出かけた。

 イベント自体は、お金を払ってでも行くべきものだったかという点では、残念ながら満足度は低かった。

 イベントは、ヤバい経済学というオムニバス映画(5パート)のうち、そのプロローグと相撲パートのみをDVDプロジェクター上映。

 続くトークライブでは、武田頼政に加え、上杉隆、相撲にも通じているインテリお笑い芸人 居島一平 の3人が登場。

 くしくも、ヤバい経済学 相撲パート は、アメリカンジャーナリズムに対する批判にもつながってた。その点の掘り下げを上杉隆にして欲しかったが、トークの多くは、報道のあり方や経済ではなく、相撲が中心だった。

 このトークの進行の軸、波長が、私にはどうにも合わなかった。イベントのプロデューサーには、話題の割り振りがフラフラしないように、台本の骨をちゃんと考えて欲しかった。

 ライブでの登壇者発現。某新聞幹部は、相撲枡席券を国会議員会館の某に届けてる。その枡席券欲しさに、某にパイプのある議員らは自分たちの支援者のために群がっていく。(トークライブで話されていた、新聞社、議員の名前は、ここでは伏せる。)

 なるほど、国民としてはどうだっていいと思っている議員が、それでも新聞に登場して影響力がある(かの)ように記事が載るのは、議員と新聞社の間の国民感情から遊離したなれ合いがあるからか。

 そして、政治家はマスコミに特ダネというエサをちらつかせることで、ニュースの体裁を装った広告宣伝を現物(無償)譲渡する。

 その構造は、まさに広告費という多額のお金を支払ってくれる企業とマスコミの関係にも、うかがえないこともない。(例えば、大枚をはたく東京電力と、地方のレストランチェーンえびす。)

 大手商業マスコミは、ニュースソース、広告費というインセンティブと、報道倫理との間の利益相反でただれている。

 これに比べたら、映画ヤバい経済学で指弾されているアメリカンジャーナリズムの利益相反は、報道倫理と愛国心。これはこれで、おいそれとは片付けられる問題ではないが...。