日本のクオリティとは。再び。

 d:id:hottokei:20051210で、ローテクを論じたが、Japanese Japanese、すなわち、Japanese Products for Japanese Consumers*1のcoolさを おとしめる つもりはない。

 フレキシブル基板フィルムなどによる高密度電子回路のおかげで実現している、幕の内弁当的にコンパクトで高機能を発揮する日本製品は、coolである。

 Walkman のお株を奪ったとされる iPod。要素技術は、日本なのだけどね。例えば、「iPod向けメモリーで増産、東芝4位に 半導体ランク」や、その金属外装が注目される東陽理化学研究所

 これら要素技術を、最終商品に結びつけるビジネスモデルの構想力とデザイン力*2

 懸念するのは、coolが過ぎると、構想力やデザイン力は枯れてしまうのではないか、ということ。ある程度の不便さと、ハングリー精神を醸成することが必要。

 ... と、ここまで書いて、不便さとハングリー精神って、周りからお膳立てしてもらうものだったっけ?

 戦後の貧しかった時代の中で胸に抱いた希望に対して、世界有数の豊かさと便利さを享受する中での最近の若人が持つ虚無感とは、何なのだろうか。

*1:伊藤洋一 ycaster day-by-day 12月1日が紹介している言葉から

*2:asahi.com新潟記事 「【新潟の経済50人】本合邦彦さん 東陽理化学研究所」によると「欧米と日本の企業で最も違うのは、デザイナーの権限と発言力だと感じる。欧米はデザイナーが1インチと決めてしまうと、何が何でもそれで作ろうとする。そのための技術も開発する。日本は技術者優先で、デザインは後回しになりがちだ。」