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アメリカンスナイパー

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 映画「アメリカンスナイパー」の原作本。私は映画の方を観てはいないし、映画よりも本を読むことは時間がかかったかもしれない。

 それでも、アメリカンスナイパーのことを本で読んでよかった。

 ブッシュジュニア大統領下の対イラク戦争。伝説の狙撃手と呼ばれた、兵士。本人の心情描写が赤裸々に綴られている。ノンフィクションの回想録。

 彼の意識を支えているのは、愛国心と神(キリスト教)に対する敬虔な信仰心。もっともこれは、紛争当事者における自身の大義名分を振りかざしているだけ、という見方ができる。本当のところは、殺(や)られる前に殺れ、という自己防衛本能、それに加えて闘争心に突き動かされ*1愛国心は、そのためのおためごかしに過ぎないというのが、本当のところではないだろうか。

 結果、戦地で人殺しに正気で興じることができる。

 一方で、同僚と自分が直面する死の恐怖には、脅える。

 それは、精神の歪みになって現れる。

 兵士達は、新入りに対してはいじめの通過儀礼を繰り返す。相撲におけるかわいがりと同じ構造。

 酒場に繰り出せばけんかっ早い、どうしょうもなく。毎度毎度、逮捕されても、言い逃れ・口裏合わせ・お目こぼし。

 戦地を離れて帰宅すれば、平和な市民の日常生活の中で、戦争下に置かれていた行動様式・意識がきしみを起こす。妻よりも子どもよりも、アドレナリンが湧き出てくる戦地の方を欲する。

 本書では妻の心情描写が幾度も挿入されていて、これが、2人の心理の対照させ、兵士の姿を際立たせている。

 制服組と背広組のギャップ。

 制服組は作戦計画に意見具申するが、背広組は背広組にとって都合のよいことだけを聞き入れ、関心のないことにはまったく耳を貸さない(そのようにしか、制服組には思えない。)。

 戦地において、攻撃の最前列中央にアメリカ軍よりもイラク政府軍を据えよ、という(政権・背広組から降りてくる)指示は、まったくの茶番。制服組にとっては士気が下がる。それでも、その建前に沿った広報、報道がまことしやかに流されていったのである、という、この世の現実。

 まえがきで著者は、国防総省ペンタゴン)、海軍の許可の下でこの本は出されているものだ、としている。機密情報はいっさい書かれておらず、防衛上の理由で変更はあったとある。それでも、軍(アメリカ軍)の作戦展開のあからさまな様子、や、イラク戦争の報道で私が見聞きしていたこととこの本に書かれてあったこととの落差は、私には相当衝撃だった。

 出版、表現の自由の保障がある「自由の国」アメリカだからこそ、著され、出版された希有な本。

 アメリカンスナイパーの映画では、これぞアメリカ、これぞ愛国者、という賞賛の声が上がる一方で、「殺人者を賛美するのか」「イラク戦争の正当化か」と論争があったのだという。(たまむすびで「アメリカン・スナイパー」 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記)。

 本を読むであれ、映画を観るであれ、同じものを見て感じ取るものは、人により、立場により、異なる。

 安保法案*2が国会で審議されている今の日本にとっても、示唆するものは多いのではないか。

*1:闘争心に動機付けされた戦争ゲームにのめり込む制服組に対して、背広組は、軍事装備品というオモチャがあるなら(からこそ)実際に動くところを見てみたくなる、動かせることが誘発されるというところだろうか。この本には、背広組の立場、視点から述べられている字句は一切ないのだが、そんなことを想像した。というのも、アメリカでは折しもまた、銃乱射事件が起きているから(エマニュエル・アフリカン・メソジスト・エピスコパル教会(サウスカロライナ州チャールストン)での白人による黒人襲撃

*2:国会提出法案(第189回 通常国会)我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案」、「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案