静かに進行する、政府統計のメルトダウン

 統計データは、合理的根拠を持って施策立案を効果的なものとし、財政の効率化に貢献する。その意味では、プロフィットセンターとなりうるもの。

 しかし、歴代の政府は、統計事業を、コストセンター(金食い虫)と見なし、統計調査予算の削減の手綱を緩めていない。

 その結果、行政需要の計測と、公的サービス供給の質と量の把握が、ないがしろにされている。

 その結果、縮小する一方の行政リソースをどのように配分するのか、という施策立案の土台が根腐れを起こしている。

 その象徴の一つが、社会福祉施設等調査である。

 高齢化が進む中、政府は、この国の老人ホームの実態がどのようになっているのか、把握する手段を失っている。

 行政改革公共サービスの民間開放、というかけ声の下、国・地方自治体の系統で行われていた統計調査が、国による民間委託に置き換えが進んでいる。(c.f. 内閣府による公共サービス改革 官民競争入札等監理委員会 統計調査分科会)

 その影響で、老人ホームなどの統計の年次比較ができなくなってしまっている。平成22年社会福祉施設等調査結果の概況から。

平成22 年 社会福祉施設等調査の結果

 厚生労働省では、このほど、平成22 年「社会福祉施設等調査」の結果を取りまとめましたので公表します。

 「社会福祉施設等調査」は、全国の社会福祉施設等の数、在所者、従事者の状況などを把握し、社会福祉行政推進のための基礎資料を得ることを目的に実施しています。対象は、…(中略)…合計86,554 施設・事業所で、平成22 年10 月1日現在の状況について調査を行い、77,217 施設・事業所から有効回答を得ました。

 なお、平成21 年から調査方法を変更し、回収率変動の影響を受けているため、実数による年次比較は行っていません。

 回収率低下を「変動」という言葉のごまかし。

 回収率の低下は、物価の上昇と同様、社会に与える影響は大きい。

 企業が値上げを「価格見直し」という言い換えるが、政府が 現状を直視せず回収率変動というのは姑息である。

 回収率低下の要因には、経済全般や経営状況の悪化による社会福祉事業者の調査協力意欲の低下、東日本大震災の影響などが考えられるが、これは今回に始まったことではない。

 平成20年(2008年)調査の回収は 99.9% であったところ、平成21年(2009年)調査は 94.2%*1

 この時点で、厚労省は、

平成21年と20年以前との年次比較は適さない。

としている。

 そして、今回は、平成22年(2011年)調査は、89.2%( =77217/86554)と、数字は悪化した。

 このことについて、政府に危機意識を持っているのか?
  第25回統計調査分科会(11月17日開催)では、この調査に対して、利便性の低下という言葉で状況を説明している。

 低下したのは、利便性ではない、統計の信頼性である。

社会福祉施設等調査及び介護サービス施設・事業所調査の見直しについて

 社会福祉施設等調査及び介護サービス施設・事業所調査については、平成21 年度以降、調査系統の見直し等に伴い、施設・事業所の許認可権限を有する都道府県・政令指定都市中核市(以下、「行政」という。)が実査に直接的に関わらなくなったことなどの影響を受け、悉皆調査でありながら、回収率が100%を割り込む結果となった。

 平成 20 年度以前の国が実施していた回収率は、概ね100%近い回収率を達成していた。平成21〜23年調査を官民競争入札で実施するにあたり、調査対象規模、郵送調査等の事情を考慮し、「確保すべき質」の「上回らなければならない回収率」を80%とし、「目標とする水準」を100%としたものである。なお、回収率の設定については、同規模(20 万客体)の過去の実績値として参考になるものは存在せず(筆者注 民間事業者で、国が行うような規模の調査を実施したことはない、という意味。)、国が実施していた状況の一部郵送部分の回収率が76%であったため、民間の創意工夫などにより回収率80%以上、目標100%を目指すべく取り組んできたところである。

 結果、21、22 年度の調査結果については、民間の創意・工夫などにより90%前後の回収率となったが、回収率の低下に伴い、施設数の増減がわからなくなるなどの年次比較ができないという現象が起こった。そのため、施設別の回収率を表章するなどの工夫を行うことにより、おおよその年次比較を行うことを可能としたところであるが、常に回収率の影響を考慮しつつ調査結果を取り扱う必要があり、活用にあたっての利便性が低下した面があるとした。

 職員の利用においては、数値の出典を示すことがもとめられることから、加工などは行わず、調査結果の数値をそのまま、注釈を付して利用している状況。

 一般国民の利用状況は把握していないが、全数が必要な場合は、調査結果を回収率で割り戻すなどの加工(推計)を行った上で利用する場合が、想定される。

 官民競争入札等監理委員会は、この事態に対して

本統計調査の質、調査結果の利便性を確保する観点から、上回らなければならない回収率の適切な見直し、調査方法等の見直しを検討することが必要である。

と指摘し、厚生労働省は、これを受けて、以下の見直しをするとしている。

  • 行政が把握している情報については、これを活用する
  • 市場化テストの対象となる施設・事業所への調査については、行政情報と重複する調査項目を削除し、記入者負担の軽減を図る
  • 市場化テストの上回らなければならない回収率については、実績を考慮し適切に見直しを行う

 統計調査は、行政があらかじめ把握しているデータを補うために行われているわけであり、行政情報と重複する調査項目の削除は今さら言われなくても以前からされていること。

 回答する意欲や習慣を失った事業者が、調査依頼を受け入れて、再び調査に応じるかどうか、楽観的には考えられない。

 そして来年、この調査は、次の危機を迎える。

 社会福祉施設等調査の現在の民間委託事業者は、2009〜2011年の間である*2厚生労働省は、2012年にこの調査を受注する業者を改めて調達しなければならない。

 民間事業者とはいえ、3年間の実地調査実施者としてのノウハウがリセットされてしまう。

 政府統計の悩みは、深い。

 メルトダウンが、いろんなところで起きている。

 施策立案能力が損なわれることのツケは、高くつく。

 敗戦直後、祖父がマッカーサー元帥に対して「450万トンの食糧を緊急輸入しないと国民が餓死してしまう。」と訴えました。

 結局、6分の1以下の70万トンしか輸入できなかったのですが、餓死者は出ませんでした。

 これについて、「日本の統計はいい加減で困る。」と怒って抗議してきたマッカーサーに対して、祖父は「もし日本の統計が正確だったら、無茶な戦争などしていなかった。」とジョークで切り返したそうです。

未来への羅針盤 ― 国勢調査(2005.8.29)総務大臣麻生太郎の「あっ、そうだろう!」)