雑誌ぴあ 最終号 に思う。

 紙の辞書、から、iPodTouchアプリの辞書に乗り換えて、久しい。

 胸ポケットに入れたiPodTouchで、疑問に思った言葉の語義をその場で調べられるこの便利さは、手放せないものになった。大辞林ロングマン英英辞典(シーソラスやコロケーションにも役立つ)は、スグレモノ。知りたい単語をコピー(クリップボードに)しておくと、電子辞書は起動時にピンポイントでその語義を表示してくれる。便利、手間いらず、生産性が上がる。派生語や親項目へ、リンクで飛べるのも楽ちん。

 一方で、新明解国語辞典が恋しい。新明解のアプリも存在しているが、調べ物をするのに大型辞典の大辞林があるなら、わざわざ中型辞典の新明解を見にいくことにはならない。現実問題として、紙の新明解は常に持ち歩けない。現在、新明解は第6版。初めて手にした第3版から、紙の各版を持っているが、明解さんに尋ねる機会はまれになってしまった。

 新解さん*1に限らず、紙の辞書は、楽しい。

 紙辞書には、電子辞書に比べて生産性は及ばないが、思わぬ発見をしたり、ちょっと視野が広がったりするという、持ち味がある。調べたい単語を調べるのが本来の目的であるが、目に飛び込んでくる別の単語や、別の単語の語義との出会いがある。

 もちろん、電子辞書でも、ウェブでも、類似の体験はできる。けど、かさばることなく情報が更新されるネットの方が、紙よりもが、ネットの場合、自制心が効かないと延々と漂流してしまう恐れがある(ネットサーフィン中毒)。

 雑誌ぴあを失うことのさびしさは、紙の辞書を手放してしまう感覚に近いさびしさがある。

 ぴあ、という東京カタログのおかげで、自分のもともとの興味と偶然な関心で、駆動されていたのだった。自分の関心でネットで調べて街に出ることは効率的なんだけど、ぴあをいつも買っていた生活には、いろんな 風 を浴びることができてた。

 ぴあ休刊の知らせを聞いて、ぴあを また 買うようにしてから、そんな感覚を思い出した、取り戻した。

 おかげで、以前気になってた映画館ラピュタ阿佐ヶ谷に初めて行ってきた。2回、行ってきた。

 そもそも、 ぴあ が なかったら、私は上京することはなかっただろう。東京には、たくさん映画館があって、新旧たくさんの映画がかかる。進学にかこつけて上京してきたが、上京の動機付けは、田舎の本屋で立ち読みしていたぴあだった。上京したら、ぴあ と ぴあマップを手に街に出た。

 学生時代が終わったら、街歩きのぴあからも、乗ってたバイクからも、縁遠くなってしまった。

 ぴあ最終号も買った。そのおかげで、岡本太郎美術館に足を運んだ。

 ぴあ最終号には、いろんなことが書いてあった。はみだしYOUとPIA や 出稿されてる広告に「中の人」が寄せてるコメント に、ぴあへの思いがあふれている(はみだしている)。

 興行情報を売るということがどれだけの革命だったのか。私が知らない、ぴあ創刊の往時を偲ぶ。

 加えて、ぴあというプラットフォームは、映画、音楽、舞台、美術などの担い手と、ハコの人、チケットを売る人が行き交うことで、興行のイノベーションを生み出す役割を果たしていた。

 そんな革命・革新のことは、私が駄文を綴るよりも、ぴあ最終号の「演劇界のキーパーソンが緊急寄稿!『ぴあ』へのメッセージ」の見開き2ページに凝縮されている。「緊急寄稿」の中から、鴻上尚史を抜粋させてもらう。

 『ぴあ』が実現したことは、すべてを等価にすることでした。

 その当時、このシステムは批判されました。序列を付けないこと、価値判断を放棄することは、文化ではないと思われたのです。

 けれど、この表示方式によって、僕たちは、目当ての劇団の情報の隣に出ている、聞いたこともない劇団の公演とアクセスすることができました。ハリウッド映画の隣で紹介されている、マイナーな日本映画の情報と簡単に出会うことができたのです。

 時代は移り、インターネットで情報を手に入れるようになった僕たちは、自分の目当てのもの、自分の興味のあるものしかアクセスしなくなりました。いえ、できなくなりました。

 そして、情報と文化のタコツボ化という言われる現象が定着しました。それは、僕たちの人間関係がタコツボ化したことと同じです。異物や未知なる人間と出会うのではなく、自分の知っている、自分の興味のある人間としか会話しない現実と対応します。

 ぴあが風穴を開け、流動化させ、視野を広げた文化と人間関係は、また、深く個別に分断化していくのか、少し、淋しく思っているのです。

 時代を巻き戻すわけにはいかないし、できない。

 ぴあは、次の「付加価値型情報コンテンツ発信基地」に向けて、爪を研いでいる。 http://ure.pia.co.jp amazon的な「おすすめ」の壁をぴあが突破することを期待している。タコツボを割って、世の中を面白くしていこう。

*1:新解さんの謎 (文春文庫)の書名を拝借。