都市鉄道需要予測の世界最高水準、その程度とは

 川崎市FAQ NO.1476 公開開始:2005年11月01日 06時00分から。

質問.
 最近開通した鉄道には実際の利用者数が事前の需要予測を下回っているケースがあるが、川崎縦貫高速鉄道線の需要予測は大丈夫なのか

回答.
 再評価に向けた需要予測では、許可取得時同様の4段階推定法を採用し、人口等の基礎データを最新のものに入れ替えて予測をしています。
 この手法は、平成14年に検討された「川崎縦貫高速鉄道線研究会(学識者部会)」において、東京圏のような巨大で複雑な鉄道網を有する地域での都市鉄道の需要予測としては、世界最高水準の手法であると評価され、現在の都市鉄道における主流の予測手法となっています。
 また、運輸政策審議会でも採用されているとおり、十分な信頼性があるものと考えています。

 ここで登場する川崎縦貫高速鉄道線研究会の提言書は、http://www.city.kawasaki.jp/82/82tetudo/home/index.htmlから削除されており、検証のしようがない。しかし、waybackmachineにはそれがちゃんと残っていたhttp://web.archive.org/web/20040619082631/http://www.city.kawasaki.jp/82/82tetudo/home/pages/pdfkai.html

 確かに、学識者部会の3つのpdfファイル、「提言書」(gakusikisya.pdf)、「検討結果報告書(概要版)」(gaiyousyo.pdf)、「検討結果報告書(第3章その2)」(gakusiki-3.pdf)には、この予測手法について「世界最高水準の手法と評価できる。」という表現がある。

 そして、「提言書」には、次のような記述が。

ただし、今後の社会経済的条件の変動による影響を考慮すると、幅を持った予測を行なう(ママ)必要がある。

 この、今後の社会経済的条件という前提をどう置くかこそ、吟味が必要である。

 川崎市FAQでは触れられていないが、川崎縦貫高速鉄道線研究会には、学識者部会とは別に、市民部会がある。そして、その市民部会は、世界最高水準の需要推計の手法がどの程度の結果をもたらしているかの事例を集めおり、そこには興味深い指摘がある。

 市民部会提言書(平成14(2002)年10月)「第二.収支計画・需要予測の検証*1によれば、4段階推定法による需要予測(OD交通量予測)について、

川崎市の本路線の需要予測OD表もその有効性が疑われるものである

という指摘がある。

 中身を見てみると、世界最高水準とされている手法よりも、むしろ、その使い手の程度が問われるということがわかる。

2 需要予測の検証
 (1)需要予測における「OD表」の見方
 市の需要予測を検証する為には、…「OD表」(OD交通量)について理解を深めておくことが必要である。

 表5 需要予測の方法(需要予測のフローチャート
  脚注: 本路線の需要予測に用いている手法は、基本的に、運輸政策審議会答申第18号における需要予測と同じ方法であり、4段階推定法(発生集中・分布・交通機関分担・鉄道経路配分)で予測している。

 (2)需要予測の問題点(OD交通量予測の有効性検証)
  ① 各政令指定都市のOD表(需要予測値)対交通量実績との比較による検証
   i 札幌市営地下鉄東豊線(平成6年10月開業 営業キロ13.6km 駅数14駅)

(評価)東豊線は市内他路線(南北線234千人/1日、東西線216千人/1人)の中で最も乗車人員が少ない路線である。北海道拓殖銀行の破綻により、北海道経済全体が萎縮したこともあって、3路線乗車人員は平成10年をピークに減少傾向の中にあるしかし、需要予測と実績の乖離(予測比33.5%)は、そうした経済変動による差違や、開発の停滞で説明のつく範囲をはるかに超えており、乗車人員の比較的多いと目されれるさっぽろ駅、大通り駅や各始発駅での需要予測を過大算定したと考える他はない数値である。

 従ってこのOD表は全く有効性のないものであり、「地下鉄事業の推進」のために作成された過大需要予測OD表と言っても過言ではない。

   ii京都市営地下鉄東西線(平成9年10月開業 営業キロ12.7km 駅数10駅)

(評価)OD表による乗車予測人員値と接近または上回るケースも出ているのであるが、主要駅での予測値が大きく乖離している。特に二条駅烏丸御池駅三条京阪駅山科駅等観光地や他路線接続駅など、過大な需要を見込みやすい駅であることから、恣意性は皆無とは言い切れない。やはりOD表の有効性はないと考えられる。

   iii横浜市営地下鉄1号線延伸(戸塚〜湘南台間平成11年8月開業 営業キロ7.4km 駅数6駅)

(評価)平成10年度開業の横浜市営地下鉄第1号線延伸区間においても、OD表による需要予測値は開業後の実績と大きく乖離し、比較的直近の需要予測OD表も信頼性が低いと言わざるを得ない。湘南台駅は同線開業後小田急線の急行停車駅となり需要が伸びたものである。

 この予測人員との乖離は横浜市議会でも取り上げられたが、その理由について、行政側(池田交通局長)は、「景気低迷等の影響もありますが、また多少予測を高く見たことにもあるかと考えられております」としていて、需要予測を高く見たことを認める答弁をしていることが注目される。

(まとめ)
 以上限られた範囲ではあるが、各政令市市営地下鉄の鉄道事業免許申請の際に提出された、需要予測(OD表)と実績の比較からは、OD表の有効性については信頼性に欠けるものと判断せざるを得ない。従って、川崎市の本路線の需要予測OD表もその有効性が疑われるものである。

 尚、第3回市民部会で、高速鉄道建設本部(以下本部とする)からこの他政令市のOD表予測値が下回った理由について、「沿線開発計画の進捗の遅れ」及び「道路整備による自動車利用の増加」を上げるとともに、川崎市のOD表は「さらに新しい統計手法により精度の高いものとなっている」旨の答弁がなされた。

 たしかに「非集計モデル分析」による新しい需要予測手法が実用段階に達している(運転と経済(85、9号)とされている。しかしその有効性をどう証明できるのか、先に挙げた横浜市等の例以外に現時点で具体的に明らかにされている事例は見当たらない。

 「交通工学」VOL.32、1997増刊号において(財)高速道路調査会参与武田文夫氏は、これまでの経験とエコノミスト的視点から「交通予測自体極めて難しい仕事なのだが、間違いは計画予測者の能力よりはむしろその姿勢に基づく場合がある。

 1つは「事業の実現への欲求が強すぎて交通需要を多めに予測する場合がある。青函トンネルはその例である」とし、もう1つは「あるべき姿に引張られた過大・過小予測である」とし、立案者の願望が特定の価値観に基づく希望的観測から自由となり、現実の動きを深くとらえるべき」と指摘している。

 先の横浜市営議会での交通局長の答弁は、まさにこうした需要予測に恣意が働いたことを行政自ら証明したものであるが、いかに最新の統計手法といえども、こうした恣意が入っては全く価値のないものとなると共に、事業実施の判断や手法を誤らせることとなり、厳に戒められなければならない。

 市民部会における議論では需要予測に関する懐疑色が濃く出ており、また論理展開に甘いところがないとも言い切れない。それを割り引いても、市民部会が集めた事例には興味深いものがある。

(12月。以前の記述を修正)

*1:このPDFファイルは、「内容のコピーと抽出」が「許可しない」になっている。引用している文は、コピーペーストではなく、手打ちである。