高齢化が進む日本における 貧困線: 国民生活基礎調査における可処分所得中央値の推移
貧困分析に関する議論が近年進む中、厚生労働省が6月27日の平成28年国民生活基礎調査の結果が出した。
厚労省の発表を受けて、大手マスコミは、相対的貧困率が12年ぶりに低下した、「改善」した、という見出しを付けた。
一方で、Yahoo!ニュース「個人」の、以下の論考記事が面白かった。
湯浅誠が「子どもの貧困率が減った! 何がどう変わったのか」
news.yahoo.co.jp
大西連「貧困率は16.1%から15.6%へ改善 一方、悪化した数字も」
news.yahoo.co.jp
特に、後者の悪化した数字とは、記事中の「中央値(日本社会の真ん中)は18年で43万円減」のこと。
これは、相対的貧困率の基準である貧困線、その元になった[等化可処分所得]の中央値に着目したもの。
等化可処分所得の中央値、そのこの1985年から2015年までの30年間の推移を見ると、1997年の297万円*3まで毎回上昇していた。しかし、それ以降は、毎回減少に転じ、2012年は 244万円となっている。そして2015年の数字は、 245万円。1万円増加であるが、この程度では下げ止まったくらいにしか評価ができないだろう。
この数字を観察して、大西連は、以下のように綴る。
短期的には貧困率はやや改善しましたが、1990年代の後半から現在までに、所得の低い人たちが急速に増加していることがわかります。
貧困ライン自体が122万円と、「相対的貧困」でありながらこの金額では生存が厳しい「絶対的貧困」に近づいていることも大きな問題です。
確かに大きな問題である。
ただ、人口の年齢構成にも目を配っておこう。
総務省統計局の人口推計によれば、年少人口、生産年齢人口、高齢者人口の3区分(15歳、65歳で区切る)の割合で3年ごとに見ると、全体に占める生産年齢人口は、1991年の 70% をピークに減少に転じ、2012年は 63%、2015年は 61%となっている。
逆に増加しているのは、日本の高齢化に伴って就労所得よりも年金に依存する人口(世帯)。このことに留意しなければならない。
貧困線の設定に用いる可処分所得について、人口の27%に当たる高齢者人口(人口推計)のことを含めるべきなのかどうか。厳密には、高齢者のみからなる世帯(13252千世帯。世帯全体(49945千世帯)のうち、26%(平成28年国民生活基礎調査)。
実際、全体に占める年金暮らし世帯の割合が増えたことで、貧困線は下がり、その下がった貧困線未満の世帯比率が低下したという要素は大きいであろう(高齢者であっても、企業役員を続けて、勝ち組な人はいるだろうが、それは一握りである)。今の定義のままの「相対的貧困率」の数字は下がったとしても、社会的な課題としての貧困問題の改善、解決と結論づけることはできるものではない。
特に、子どもの貧困を評価するための貧困線には、現役世代の可処分所得、子育て世帯の可処分所得について検討するなど、きめ細かい評価が必要であろう。
このように、日本の高齢化は、これまでの統計データの見方、扱い方を吟味する必要があるかもしれない。
それは、完全失業率が3.1%と悪化する一方で、有効求人倍率が1.49倍と43年3カ月ぶり高水準となった労働市場について考える際にも、同じことが言えるであろう。
国立社会保障・人口問題研究所が4月10日に公表した将来人口推計(2015年国勢調査(総務省統計局)に基づく)によれば*4、生産年齢人口比率は、2016年 60.3%、2017年 59.9%*5。
2038年には、55%を初めて割り込み 54.9%。
2049年以降は 21%台を這っていくこととなる。
1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 2009 2012 2015
相対的貧困率(%) 12.0 13.2 13.5 13.8 14.6 15.3 14.9 15.7 16.0 16.1 15.6
子どもの貧困率(%) 10.9 12.9 12.8 12.2 13.4 14.4 13.7 14.2 15.7 16.3 13.9
子どもがいる現役世帯(%) 10.3 11.9 11.7 11.3 12.2 13.0 12.5 12.2 14.6 15.1 12.9
大人が一人(%) 54.5 51.4 50.1 53.5 63.1 58.2 58.7 54.3 50.8 54.6 50.8
大人が二人以上(%) 9.6 11.1 10.8 10.2 10.8 11.5 10.5 10.2 12.7 12.4 10.7
中央値(a)(万円) 216 227 270 289 297 274 260 254 250 244 245
貧困線(a/2)万円) 108 114 135 144 149 137 130 127 125 122 122
1985 1988 1991 1994 1997 2000 2000 2003 2006 2009 2012 2015
15歳未満(千人) 26,042 23,985 21,904 20,415 19,366 18,505 18,505 17,905 17,435 17,011 16,547 15,945
15~64歳(千人) 82,535 85,013 86,557 87,034 87,042 86,380 86,380 85,404 83,731 81,493 80,175 77,282
65歳以上(千人) 12,472 13,785 15,582 17,585 19,758 22,041 22,041 24,311 26,604 29,005 30,793 33,868
15歳未満(%) 21.51 19.53 17.66 16.33 15.35 14.58 14.58 14.03 13.65 13.34 12.98 12.55
15~64歳(%) 68.18 69.24 69.78 69.61 68.99 68.06 68.06 66.92 65.53 63.91 62.87 60.81
65歳以上(%) 10.30 11.23 12.56 14.06 15.66 17.36 17.36 19.05 20.82 22.75 24.15 26.65
厚労省は、PDF解説文に含まれている統計表を、編集可能なExcelで提供することを、以前から行っていて、ありがたい。
もう一歩進めて、統計データの年次の標記は、西暦にしてほしい。元号ではなく。統計データ利用にも、元号の社会的コスト。
2016年国民生活基礎調査がその調査で調査世帯に尋ねているのは、前年一年間の可処分所得、すなわち2015年のものであることに、注意。このことを理解する際には、まず、厚労省資料の元号を、西暦に直して考えなければならない。
*1:厚労省の「平成28年 国民生活基礎調査の概況」の結果の概要 その「II 各種世帯の所得等の状況」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/dl/03.pdf#page=6(PDF 211KB の 6/8ページ )の「表10 貧困率の年次推移」をスクリーンキャプチャ
*2: Excelファイルでは、「平成28年 国民生活基礎調査の概況」の結果の概要、そこの http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/xls/10.xls 「所得に関する図表を、xls形式でダウンロードできます。」EXCEL 257KB のワークシート「Ⅱ-表10」で得られる。
*3:大西連記事では298万円と記されていたが、厚労省の表10では297万円である。
*5:最新の人口推計(総務省統計局)によれば、2017年5月速報値で 60.03% ( = 7608 / 12674)
*6:IV. 長期時系列データから、e-Statの「長期時系列データ(平成12年~27年)」の表3 及び 「我が国の推計人口(大正9年~平成12年)」の表3 を合成